昨今の病院の状況からコロナとか色々考えてみた。

 

非常事態宣言が6月20日まで延長となった。電車の中の人の数は全く減るところを知らないから、名ばかりの宣言であることは国も認めざるを得ないのではないだろうか。国としてなんらかの策を講じなくてはならないから、苦し紛れの宣言なんだろうなと政治家や国を動かす方々の心中を察してみようと思ったけど、全くわからん。

だから私は自分の知っていることを話そうと思う。

私は病院で働いている。バリバリのコロナ進行形の患者ではなく、おもにアフターコロナの方の受け入れを行う小規模病院だ。

そんな当院の病棟でコロナの患者がでた。

詳細は伏せさせていただくが、保健所からは一定期間の入退院の停止を言い渡された。当院だけではなく、入院患者からコロナの陽性が出た場合だいたいこの「入退院の停止」というペナルティを食らう。アフターコロナの患者を受け入れている病院が入院を停止すると、コロナ治療の最前線を担う病院の病床を確保することがままならなくなる。急性期の病院からしても、いつも転院で受けてくれている病院がコロナのためにクローズとなると、病院探しを1から始めなくてはならないので絶望を感じていることだろう。

自分の病院でコロナ陽性が出るまで、正直コロナはどこか遠いことのように思っていた。しかしここまで身近に迫られると結構びびる。最近では若い人も亡くなっていたりするす。他人ごとではないし、自分がコロナになり救急要請した時に受け入れてくれるベッドがあるのか?と不安になった。病院の内側を知っているからこその不安だと思うが。

コロナに感染し自宅療養をしていたが、容体が悪化し救急要請するも病院が見つからずそのまま孤独死したという高齢者のニュースを見た。こんなニュースを聞くと、病院で死ねるということはなんと幸せなことだろうと思わずにはいられない。病院に入院していたとしても、面会が基本的に禁止だから死に目に家族が間に合わないということは多々あるが、それでも誰かそばにいてくれるのだ。一人で孤独に死ぬよりなんとましなことか。この国の孤独死問題はコロナ前からのものではあったが、より孤独死が身近になってしまったと感じる。

病院の入院患者からコロナの陽性患者が出た時に入退院がストップになることもこの孤独死問題に拍車をかけているようで、なかなかに責任を感じる。「ストップになっていなければ、もっと患者さんを受け入れられたのに。」そう思うけど、クラスターの発生も防がなくてならないのだ。私の病院ではコロナ治療ができないから、コロナ陽性患者は他の急性期病院へ転院させるしかない。そしてその後はさらなる陽性患者を出さないためにも、入院患者を止め様子観察とこれでもかってほど執拗なPCR検査を患者さんだけでなく、職員にも行うのだ。

今の病院はどこもこんなかんじ。

どの病院もてんてこまいで、「今日の患者もどうやって受け入れよう?」ってなるくらいだ。だから現在あなたの入院するベッドは、ない。どこも埋まっている。

だから絶対にならないで。

もちろん個人でできることには限りがあるけど、手洗いするとか本当に小さいことの積み重ねでかまわない。あれもこれも全部全部我慢しろ!とは口が裂けても言えない。みんな本当によく我慢している。たまには気になるカフェにお茶しに行ったっていいと思う。だけど、油断はしないで。無理もしないで。

病院が命を救うところという機能を担うのも厳しい状況になっているから、コロナリテラシーを正常に保つため、正しい情報を必死に努力して手に入れて自分の生活を守っていって欲しい。国の策は決してあなたを守ってはくれないということが今日までのこの結果が物語っている。ここまでくればあなたの考えがあなたを守る。

先が見えないという絶望感には想像力で対抗しよう。

必ずマスクを外し笑顔のバーゲンセールと、リップ塗りたくって街を闊歩できる日が来ると私はこれでも信じているんだ。